エフタル

【 エフタル 】
エフタルとは5世紀中〜6世紀中までの約1世紀に
渡って中央アジアに栄えた騎馬民族です。
民族的にはイラン系という説とテュルク系という説が
ありますが真偽は不明です。
インドやヨーロッパでは「白いフン族」また中国では
同様に「白匈奴」と呼ばれていたようなので匈奴の
一派なのではないでしょうか。

5世紀前半にアムダリア上流地域に興ったエフタルは
周辺諸国を滅ぼして勢力を拡大し、アフガニスタン、
を支配しました。

また、西ではササン朝の王ベーローズと戦って
これを破り、半世紀近くササン朝を支配しました。
ベーローズ王は一度は釈放されたようですが、
再戦して敗死したようです。

南ではインドのグプタ朝と戦います。当時の
グプタ朝の王クマーラグプタはエフタルの侵攻に
迎撃し、これを退けます。しかし、その後も侵入が
続き国内は混乱し滅亡の原因となったようです。
この時期にエフタルはカシミール・ガンダーラ・
パンジャブを支配したそうです。
6世紀前半には北はソグディアナ・天山山脈一帯、
南はガズニ地方〜北インド西はペルシャ国境、
東は東トルキスタンといった中央アジアに大帝国を
築きました。

えっと・・図にすると・・

こんな感じ?

しかし、6世紀中頃になると、北方草原地帯を支配した
突厥が勢力を拡大し、ササン朝と挟まれて苦しくなり、
567年、突厥とササン朝に挟撃されて滅びました。

その領土はササン朝と突厥で分割されましたが、
やがて突厥が全域を支配するに至ったようです。

国家が滅びた後もエフタルと呼ばれる民族は存在
しましたが、8世紀までに多民族に呑み込まれたようです。
通常民族を呼ぶときは「〜人」「〜族」といった呼び方
をしますが、なぜかエフタルだけが「エフタル」だけです。
理由はわかりません。
また、エフタルは独自の文字を持っていて「エフタル文字
と呼ばれ、ギリシャ語の草書体だったらしく、イスラムの
支配が来るまではこの地方ではギリシャ語が使われていた
ようです。
いずれにしても諸説あってなかなか実像が掴めない
民族ではあるようです。

 

 

 

 

 

 

 



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