ゴーゴーゼット

父 サッカーボーイ 母 クインゼット 母父 ニチドウタロー

☆栗東・新井厩舎   33戦 6勝 2着 3回  

☆1991年3月21日生 1999年7月10日没 (享年8歳・・若すぎる・・)

☆鹿毛  ☆目印 黄色いメンコ

主な勝鞍:日経新春杯(GU) 中日新聞杯(GV) アルゼンチン共和国杯(GU)

       金杯3着 天皇賞(秋)5着

 

MONYの競馬歴の中でたぶん一番好きだった馬です。最初に見たのは

彼が4歳の時の秋、京都新聞杯でした。単勝1.0倍のナリタブライアンが

スターマンにまさかの敗北を喫し、騒然とした中でひっそりと彼はゴール

していました。でも「ゴーゴーゼット」というベタな名前はしっかりと記憶に

残っていたのです。続く菊花賞。世間はルドルフ以来の三冠馬の誕生と

騒いでいましたが、私の本命はブライアンではなくこのゴーゴーゼットと

後に書く予定のスティールキャストでした。まあ、結果は8着でしかも見せ場

はありませんでした。まだ認識としては「その他大勢」でしたね。

彼への印象が変わったのは暮れの愛知杯でしたか・・・

レースはこれも好きだったテンザンユタカが逃げ切ったレースでしたが、

直線後方から鋭く伸びて4着。まさに「おお!」という感じでした。そして

決定的だったのが明けた後のGU日経新春杯、中段からこれも鋭く伸びて

勝利!上がり3Fは33.8という鋭い末脚を披露してくれました。この時点で

自分の中で主役決定です。あとは追っかけるだけでした。続く中日新聞杯も

制し、クラシックではその他大勢だった彼が重賞戦線に踊り出てきたのです。

そうなると当然次の産経大阪杯だって本命になりますよ。しかし結果は8着。

でもめげずに春天も本命、、、6着、まあこれは距離があるし仕方ないと思い直す。

でも宝塚記念の8着はガックリきましたよ。しかも主戦の村本騎手は勝った

ダンツシアトルに乗ってるし・・・

でも彼の一番のレースは6歳秋の天皇賞(秋)でしたね。バブルガムフェロー・

マーベラスサンデー・マヤノトップガン・サクラローレルの4強と呼ばれ、彼は

またもやその他大勢になってしまいました。しかし!彼は一瞬夢を見させる

奮闘で残り100mちょいの時点で先頭に・・・「おおおおおおおおお!!!」っと

思いましたが、そっから4強に交わされ5着。でも満足できる内容でした。

実況が「内からゴーゴーゼット!!」と連呼するのはいまだに覚えています。

 

そんな彼は故郷で種牡馬となりましたが、99年7月に亡くなったそうです。死因は

不明です。知ってたら教えて欲しいです。残した産駒はわずか5頭。