結婚関連の話題

「一夫多妻」に時代の波 〜スワジランド〜

進む女性の自立 エイズ感染拡大

 「今日は夕飯いらんぞ」

 「わかったわ。行ってらっしゃい」

 笑顔で夫を送り出す。沈む気持ちを押し殺して。

 「今夜は誰の家に泊まるのかしら……」

 アフリカ南部の王国スワジランド。看護師のテュリレさん(48)は夫と結婚した1982年以来、何度もこんな場面をくぐり抜けてきた。

 土着の宗教にキリスト教が混じる土地柄。だが、国王の力は絶対的で、王族男性を中心に、家系の繁栄のために複数の妻をめとる習慣が今も生きている。

 テュリレさんは、前国王ソブーザ2世の甥(おい)ムファナシビリ・ラミニ王子(66)の第3夫人。「プリンス」の愛称を持つ夫との出会いは77年、20歳の夏だった。

 「君はとても美しい。胸がどきどきする」。看護実習をしていた首都ムババーネの病院でプリンスは声をかけてきた。「優しくてすてきな声」に顔が火照ったが、黙って仕事を続けた。

 彼は当時、通商相。2人の妻に加え複数の交際相手がいる。18歳も年上。最初は口もきけなかったが、「少年のように純粋な人柄」に惹(ひ)かれた。1年後、プリンスのプロポーズ。だが、問題は母だった。

 「一生懸命に勉強して、自分の道を歩むのよ」

 一夫一婦制の“西洋式”の結婚をした母の口癖だった。「他に妻がいる人なんて、あなたが苦しむだけじゃない」と激怒した。

 母の心が静まるのをひたすら待った。やがて交際は許され、81年に長女出産。翌年、日本の結納にあたる17頭のウシをプリンスが持参して挙式、結ばれた。

 プリンスが用意した家に娘と共に転居。だが、やがて夫はさらに妻1人を迎え、4人の妻の家を行き来するようになる。

 「嫉妬(しっと)しないと言えばウソ。でも、それを表に出したら負け」とテュリレさんは自分に言い聞かせる。

 彼はどこ? 次に来てくれるのはいつ?……。眠れぬ夜が続くことも。だからこそ夫の使者が「夕食をよろしく」と伝えに来れば胸が高鳴る。たとえひと月ぶりの帰宅でも、その朝、我が家から送り出したような顔で迎える。女の意地だ。

 4人の妻と交際相手の間にできた夫の子は24人。皆が家族ぐるみでつき合い、子育てに協力する。だが、テュリレさんは「心から一夫多妻制を楽しむ女性は一人もいない」と思う。

 現国王の12人の妻にも、公然と一夫多妻に異を唱える人や王宮を離れた王妃がいる。「強い男」が多くの女性を庇護(ひご)する伝統は、女性の自立という波に洗われている。

 交際相手を1人に絞る男女も増えてきた。深刻なエイズ感染拡大が理由だ。国連の予測では、9億余のアフリカ大陸の人口は2050年に19億を超す。増加分の10億はサハラ砂漠以南に集中するが、スワジランドは例外的な人口減少国となる。成人の約4割がエイズウイルス感染者。平均寿命も約35歳と極端に短い。

 そんな時代でも、テュリレさんは4人の妻の1人として夫との絆(きずな)を信じる。楽しいことばかりでなくても、「人生をやり直すなら、また彼と結婚したい」と思うのだ。

 (ムババーネで 角谷志保美、写真も)

 一夫多妻 女性の扶養、労働力確保、血縁の拡大など目的はさまざま。イスラム教は4人まで妻帯を認めるが、十分な経済力が必要なうえ複数の妻を平等に扱う義務があり、実際は男性の数%。側室の形で日本にも存在した。フランス国内のイスラム系移民や、1890年の廃止まで重婚を認めていた米国のモルモン(末日聖徒イエス・キリスト)教など、教義と法律が背反する例もある。アフリカでは妻たちが分かれて暮らすことが多い。

(2006年1月15日  読売新聞)

 

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