絆――信じた二人 親子途切れた――縁
「おまえとは縁を切る。土地も相続させない」
教師のグルパルティ・スリニバスさん(29)が結婚の許しを求めると、父は怒り狂った。
父の不満は女性のカーストにあった。自分たちはシュードラ(隷属民)出身。「ヒンズー教徒の結婚相手は同じカーストから」が、習わしだ。
新婦で教師出身のマーシーさん(29)はキリスト教徒。一家の先祖は四つの階級の外に置かれる被差別カーストの出身だった。だが、差別を逃れるためヒンズー教から改宗したのだ。
彼女の両親も反対した。
「ヒンズー教徒ならカースト下位はダメ」
両親は頑として認めない。改宗したとはいえ、心の底に強烈なカースト差別の意識が残っていた。
2人の世界には、カーストの壁などなかった。1998年、2人は勤務先の学校で出会った。甘いルックスのグルパルティさんは「イイ男」として同僚女性の間でもモテモテだった。
マーシーさんがその彼を射止めたのは「聞き上手の彼女になら心が開ける」とグルパルティさんが感じたから。両親の反対を振り切り、心の絆(きずな)を頼りに2人は02年10月に結婚。式に来た家族は2人を理解する新婦の姉夫婦だけだった。
2人は今、インド南部の百万都市ビジャイワラに住む。2人の家は、夫の父親が住む農村から50キロ離れた中流階層の住宅街にあるが、質素な平屋建ての借家だ。
「親に生活を干渉されないから清々しているわ」
幼い子供2人をあやしながらマーシーさん。グルパルティさんもうなずく。2人の結婚を今も認めない両親は、この孫たちの顔すら知らない。
インドの独立後、憲法はカースト差別を禁じた。だが、結婚という人間の本能にかかわる営みでは、差別感情が理性を隅に追いやってしまうことが多い。
ビジャイワラには、そんな差別と戦う団体がある。
カースト差別の撲滅を目指した社会活動家ゴラ氏(故人)が65年前に創設した民間活動団体「無神論者センター」だ。異なるカーストの男女の結婚も支援し、これまでに1000組以上がゴールインした。
ゴラ氏の息子でセンターを主宰するG・ビジャヤム会長(69)は「地方でも都市化が進み、最近はカースト間結婚への理解が深まった」と語る。
センターの支援で85年にカースト間結婚を果たしたC・サッティアナラヤナさん(44)の父も、結婚に反対した。だが、その父が「今は孫の顔が見られる里帰りを一番心待ちにしている」と笑う。
グルパルティさん夫婦は心に誓ったことがある。
「自分たちの子供が誰と結婚しようと、親として心から祝福してあげよう」
結婚を機に絶縁状態となった親とは「袂(たもと)を分かった」と割り切ったつもり。それでも、親とのつながりを心のどこかで求めている自分たちに気づくのだ。
(ビジャイワラで 林英彰)
インドのカースト 国連推計で2005年のインドの人口は11億337万。2050年に16億に近づく。女性識字率は03年推計で48.3%。カーストは元来、人種・身分に基づく排他的社会集団。司祭(ブラーミン)、王侯・武士(クシャトリア)、庶民(バイシャ)、隷属民(シュードラ)の4階級に大別され、被差別カーストは制度外にいる。2000〜3000の世襲の職能別カーストがあり、産業間の労働人口の移動を困難にする一因となっている。
(2006年1月15日 読売新聞)
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